八丁味噌論争と国の地理的表示(GI)保護制度について〜私的提案

八丁味噌の蔵

「八丁味噌」論争、ご存知でしょうか?

八丁味噌とは何か、何が争われているのか? 問題の解決法の提案、私たちにできることについてまとめてみました。

乾物クイズに挑戦

サステナブル料理研究家、一般社団法人DRYandPEACE代表理事のサカイ優佳子です。

田んぼを残したいから米粉、食品ロス削減、省エネ、もしもの時の備えになることから乾物。

現代のライフスタイルにあった活用法を研究、発信しています。

私たちが食べることは、社会と相互に大きく関わっています。

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八丁味噌とは何か?

八丁味噌は、名古屋メシに欠かせない

名古屋名物味噌カツ

名古屋名物、味噌カツは、八丁味噌あればこそ

味噌は通常、大豆、塩、麹で作られ、使う麹の種類、米、麦、豆によって区別されます。

八丁味噌とは、大豆と大豆麹(いわゆる豆麹)で作られた味噌の一種で、一般には愛知県の、あるいは名古屋の特産品であると認知されている色の濃い味噌のことを言います。

八丁味噌は、なので、大豆と塩だけが原料というわけです。

名古屋名物味噌カツも、味噌煮込みうどんも、八丁味噌だからこそ出せる味とされます。

八丁味噌は、水をあまり使わずに作るため、大量の重石が必要で、

「二夏二冬以上の長期間熟成させます。桶一杯の味噌は約6トン、積み上げる石の山は約3トン!時間と手間がかかり、大量生産はできない貴重な味噌」

と、岡崎おでかけナビに書かれています。

なお、このページにはその生産風景などの写真もあるので、ぜひみてみてください。

参考 岡崎おでかけナビ 「八丁味噌の産地」

八丁味噌は14世紀から作られてきた

岡崎城

徳川家康が生まれた城として知られる岡崎城

歴史的には、岡崎城から西へ八丁(約870メートル)の距離にある岡崎市八帖町(旧・八丁村)で造られたのが最初とされます。

老舗の、まるや八丁味噌の創業は1337年、カクキュー八丁味噌は1645年と長い歴史があります。

その後、昭和初期ごろから、他にも「八丁味噌」を作る会社が現れ、中には、よりはやく作るために熟成期間を短くしたり、伝統的な木桶(キオケ)ではなく、ステンレス桶で熟成させたりなど、省力化、工業化がすすめられてもきました。

八丁味噌論争とは?

地理的表示保護制度

収穫前の大豆

まずは、国が定めた地理的表示保護制度についてを確認しておく必要があります。

2014年、国は地理的表示保護制度(略称Gi制度、Geographical Indication」の略から)を法制化しました。

農水省のホームページには、以下のように書かれています。

地域には、伝統的な生産方法や気候・風土・土壌などの生産地等の特性が、品質等の特性に結びついている産品が多く存在しています。

これらの産品の名称(地理的表示)を知的財産として登録し、保護する制度が「地理的表示保護制度」です。

出典 農水省ホームページ 「地理的表示(GI)保護制度」

この制度の目的は、

生産業者の利益の保護を図ると同時に、農林水産業や関連産業の発展、需要者の利益を図る

出典 農水省ホームページ 「地理的表示(GI)保護制度」

こととされます。

二つの団体からの申請と争い

八丁味噌論争経緯

「八丁味噌」については、愛知県味噌溜醤油工業協同組合(以下「県組合」)を申請者として、平成29年12月15日に登録されました。

ところが、その後、その登録の取消を求める行政不服審査請求 が提起されたのです。

取消を求めているのは、八丁味噌協同組合(以下「八丁組合」)。

上記、老舗のまるや八丁味噌とカクキュー八丁味噌が組合員です。

時系列にまとめたのが上の図です。

裁判所

この後、2021年に八丁組合が、県組合に対して認められた「地理的表示保護制度」(GI制度)登録の取り消しを求め提訴。

2022年6月28日に、東京地裁で、八丁組合の訴えは、

GI登録を知った日から6カ月間と定められている提訴期限を正当な理由なく経過した

として却下されました。

また判決では、

八丁味噌の製造地域は昭和初期に周辺に広がり、その後県全域に及び、社会の認知も広がっている

と指摘するとともに、

GI制度の追加登録を受ければ「八丁味噌」の表示を問題なく使用できる

とのコメントが追加されています。

八丁味噌論争をどう考えたら良いのか?

初めは憤りを感じていました

八丁味噌違い

当初私は、なぜ老舗の二つの店の主張が認められないのか!?と、正直憤っていました。

これだけの差があるのに!と。

「八丁味噌」の名前を老舗である2社が使えなくなるのは、GI制度の主旨の本末転倒ではないか?と。

でも、いろいろ資料を読んでいく中で、考えが少し変わりました。

産地内での争いを続ける以外の解決策もあるのでは?

八丁組合の2社が老舗として製法を開発し、その伝統を守り続けてきたことについては心からの敬意を表します。

これからもその伝統を守り続けて欲しいと思っています。

一方で、実は県組合の中にも、昭和初期から豆味噌を作り、八丁組合に近い製法を取っている蔵もあるとのこと。

愛知県の名産品として捉えられている八丁味噌の普及には、県組合の会員の貢献もゼロであったとは言い切れないと思うのです。

県組合が作っている「八丁味噌」を徹底的に排除するのはいかがなものかと思うようになりました。

これ以上争いを続ければ、生産者の間での確執も深まってしまうかもしれません。

また、中国企業が「八丁味噌」又は「Haccho miso」の商標登録をしているそうです。

こちらの方が大きな問題と思うのです。

(参考 農水省「八丁味噌」の地理的表示登録に関する 第三者委員会 報告書 p.27)

  • 県組合に八丁組合の2社も参画
  • GI制度の中で、格付けを規定する

という方法で解決できるのではないかと勝手ながら提案したいと思います。

老舗としてのプライドもあるし、難しいところもあるかもしれませんが、争いを続けることで得られるものは少なく、失われるものの方が多いのではないでしょうか。

そして、老舗である二社が県組合に加わることによって、他の会社が刺激を受けて全体の質が底上げされることに繋がる可能性もあります。

県組合も、この老舗2社の伝統を否定するものではなく、八丁組合の2社が県組合に入ることを歓迎していると言います。

産地の中で争うよりも、上記のような解決を目指すことを考えるのも一つの方法ではないでしょうか。

老舗2社の存在と圧倒的伝統は自他ともに認めるもの、2社がひと肌脱いで、産地一丸となって八丁味噌の国内外の普及に努めることはできない相談でしょうか。

海外での同様の事例〜バルサミコ酢
バルサミコ酢

バルサミコも、レベルを分けて登録

原産地呼称については、例えばヨーロッパのワインやチーズなどで知られています。

バルサミコ酢も、その伝統的な製法とはかけ離れた速成生産の酢が出回ったことがあったそうですが、イタリアの食事情に詳しい島村菜津さんが、以下のように話されています。

コクも風味も手間も全くの別物が、ある時期から同じ『バルサミコ酢』の名称で流通するようになったのです。もっともイタリアでは、バルサミコ酢という名称を本物が名乗れなくなるなどという事態は起こりません。ただ、同じ名称では混乱を招くと、その後、本来のバルサミコ酢に『アチェート・バルサミコ・トラディツィオナーレ(伝統的な)』という名称を使うことで、製法の違う熟成年数の若い『アチェート・バルサミコ』とは区別されています
生協宅配パルシステム 「kokocara」「GI(地理的表示)保護制度における「八丁味噌」をめぐる問題に新展開。わたしたちの声は国に届くのか?」に掲載されている島村菜津さんの発言

国内でもこんな先例が〜三輪そうめん

そうめんまた、Gi制度に認定されている「三輪そうめん」は、登録簿の「生産の方法」において、三輪素麺の製品規格として「普通品」「上級品」「最上級品」を規定し、原材料や麺線規格(麺の細さ)において、それぞれの 規格に合わせて異なる要件を設定しています。

(参考 農水省ホームページ 「登録の公示 三輪そうめん」)

また、生産者団体の追加に伴い、伝統的製法を規定した明細書を新たに作成し、この基準に適合する八丁味噌だけが、例えば「元祖八丁味噌」と名乗れると定めることも可能なのだそうです。

(参考 農水省「八丁味噌」の地理的表示登録に関する 第三者委員会 報告書 p.27)

私たちが食べることで支える

食の問題、いろいろありますよね。

GI制度のような仕組みで食の伝統を守っていくことも大切ですが、私たち消費者がその商品を食べ続けていくことで、メーカーも生き残っていけるし、その製法を未来に繋いでいくことができます。

日本の美味しい食材を知る!八丁味噌、老舗の味をまずは味わってみることから始めませんか?

ABOUTこの記事をかいた人

サステナブル料理研究家/一般社団法人DRYandPEACE代表理事
東大法学部卒。外資系金融機関等を経て、娘の重度のアトピーをきっかけに食の世界に。

食には未来を変える力があるという信念のもと、今のライフスタイルにあった乾物や米粉の活用法を中心にレシピを開発している。
料理教室の開催、企業向けメニュー開発、研修など多数。

料理を自由に発想でき、毎日の料理が楽しくなる独自の「ピボットメソッド」を考案。個人やメニュー開発が必要な方向けのトレーニングも行っている。

著書14冊。メディア出演多数。

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