大豆に含まれる「体に悪い」とされる3つの成分(フィチン酸、トリプシン・インヒビター、ゴイトロゲン)について、本当に体に悪いのかを、メルマガ読者さんからの質問を受けて調べてみました。
「豆乳や豆腐など発酵食品以外の
調べてみたら、いろいろなことがわかりましたよ!
目次
サステナブル料理研究家、一般社団法人DRYandPEACE代表理事のサカイ優佳子です。
2011年からは特に、現代のライフスタイルに合わせた乾物の活用法の研究、発信に力を入れています。
食品ロス削減、省エネ、もしもの時の備えになり、そして意外かもしれませんが、料理を時短にしてくれるのが乾物。
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1 大豆の「毒」とは何か?
大豆はカラダにいいというイメージが、日本人一般にはあると思います。
そんな大豆に含まれる成分の中で、反栄養素、「健康に悪い」と言われるているものが、主に3つあります。
- フィチン酸
- トリプシンインヒビター
- ゴイトロゲン
一体なんなのか、よくわかりませんよね(笑)。
さて、これらはどういう物質で、どんな効能、あるいは害があるのでしょうか?
そして害があるとしたら、どうしたら毒抜きができるのか、あるいは毒性を少なくすることができるのでしょうか?
2 大豆は、ミネラルの吸収を阻害?〜フィチン酸の効能と害
フィチン酸とは?
フィチン(あるいはフィチン酸塩とも呼ばれる)とフィチン酸との違いについて、まずは確認しておきたいと思います。
- フィチン(フィチン酸塩)
フィチン酸がミネラルと結びついている状態で、穀物や種子に広くみられる。 - フィチン酸(問題とされるのは、こちら)
フィチンから、結びついているミネラルを取り除いたもの。強いキレート作用(金属イオンと結びつく作用)がある。
フィチン酸に関する文章を読んでいると、フィチンのことなのかフィチン酸のことなのかわからないものに多くぶつかるからです。
フィチンは、穀物や種子に広くみられる物質であり、次世代にリンや他の重要なミネラル類を受け渡す役割を果たす物質です。
一方、健康に悪いとされるフィチン酸は、フィチンがミネラル類と分離された状態のことをいい、自然界では存在しないとする人も多いのです。
フィチン酸は遊離状で存在することはほとんどなく、カルシウム、マグネシウムときとしてカリウムの混合結合塩(フィチンPhytin) として植物界に広く分布している。
J-STAGE 資料「フィチン酸について」昭和41年(古っw)
つまり、大豆の中に含まれるのも、金属イオンと結びつく作用があるフィチン酸ではなく、安定した状態のフィチンである可能性が高いことになります。
ただ、新しいこんな研究成果も見つけました。
これまで、種子中では、ほとんどの金属イオンがフィチン酸と結合した形で存在すると考えられてきたが、本研究により、生体内ではフィチン酸との結合強度は金属元素によって大きく異なり、無機化学的な結合強度では説明できない法則に従うことが明らかとなった。
2012年の東京大学大学院農学生命科学研究科研究成果と題するHP 「植物種子の金属蓄積に果たすリン貯蔵物質の役割を解明」
いろいろな文章を読んでいると、どうも植物中に存在するのが安定したフィチンばかりではないようです(通説は今どうなっているのでしょうね?)。
「フィチン酸」について説明した文章から、その特徴をピックアップしました。
( )内についてはこちらで補足しています。
- 主に種子に結晶化した状態で存在する
- 次世代にリンや他の重要なミネラル類を受け渡す役割を果たす
- 種子の中では、鉄や亜鉛と結合した状態(フィチン)で存在する
- アルカリ条件(ヒトの体内の多くがアルカリ)では、鉄や亜鉛と強く結合する性質を持つ
- フィチン酸塩(フィチン)は水に溶けにくいため、鉄や亜鉛などのヒトに有用な金属とともに体外に排出される
(参照 :一般社団法人日本植物生理学会 「フィチン酸について」2006)
ちなみに、現在、フィチンは健康食品素材として販売されており、フィチン酸は、酸味がでないpH調整剤として、一般食品から清涼飲料、アルコール飲料、化粧品・トイレタリー品、食品添加物製剤などに使われています。
(参照 :築野食品工業株式会社HP 「フィチン」「フィチン酸」
フィチン酸の人体へのメリット
健康に害があるとされる「フィチン酸」ですが、人体に対するメリットがあるとする研究も進められているそうです。
- 抗癌作用がある?
米国のメリーランド大学医学部病理学のシャムスディン教授が、フィチン酸とイノシトールを一緒に摂取すると抗がん活性が高いことを明らかにし、特許を取得しているのだそうです。 - 尿結石の予防や再発防止に効果がある?
- 抗脂肪肝作用がある?
<参照> J-Stage 「フィチン酸の栄養的再評価」、日本食品分析センター「フィチン酸について」、一般社団法人日本植物生理学会 「フィチン酸について」
ちなみに、そのシャムスディン教授が書いたこんな本もありました。
IP6というのは、フィチンあるいはフィチン酸のことを指します。
IP6のサプリも、すでにたくさん販売されていますね、知りませんでした。
フィチン酸の人体への害?
フィチン酸がカラダに入ると、鉄分などのミネラルと結合したまま体外に出てしまうので、食べた食品のミネラルの吸収を阻害することになるのが問題とされています。
大豆を食べた時に「フィチン酸」がカラダに入るとすると、
- 大豆の中にフィチンとしてではなく、フィチン酸として存在する
- 大豆を調理する、あるいは食べて消化する過程でフィチンのミネラルとの結合が解けてフィチン酸になる
というケースが考えられます。そういうケースがあるのかは不明です。
つまり、大豆の中にフィチンとしてしか存在しないし、調理中あるいは体内でフィチン酸に変化しないとすると、
- 大豆中に含まれるミネラルが、体に吸収されないまま外に出てしまうのは残念
- でも、他の食べものや体内に存在するミネラルと結合してそれを体外に排出してしまう危険はない
ということになります。
後述するように、フィチン酸を消失させるための研究がいろいろ行われているのは、穀物や大豆の中に含まれるものが安定したフィチンだったとしても、そのフィチンをフィチン酸にすることでミネラルとの結合を解き、穀物や大豆の中にあるミネラルを有効利用するためにどうしたら良いのかという課題に向けてのものと考えられます。
ただ、「人や家畜が穀類中心の食事をする上で,フィチン酸の摂取は避けて通れません。」(日本食品分析センター「フィチン酸について」)のような文章によく当たることも、付け加えておきます。
実際の摂取量と、害を及ぼすのに要する量
では、そうしたことを踏まえた上で、フィチン酸がどのくらいの量があると問題なのでしょうか?
日本栄養・食糧学会誌の研究報告に、以下のような記述を見つけました。
日本人の食事に含まれるフィチン酸含量は、概算で0.035%程度
無機質吸収阻害に要するフィチン酸摂取量は、これまでの研究から推定すると、少なくとも現実レベル(0.035%)の10倍以上 を要することが推定される
J-STAGE 日本栄養・食糧学会誌 「フィチン酸の栄養的再評価」2005
この論文では、フィチン酸によるミネラル吸収阻害に関する研究は、ラットを使った実験によるものであり、さらには与えている量が非常に多いことにも言及しています。
大豆タンパク質中のフィチン酸を除去することによりラットのマグネシウムや亜鉛吸収率が5-10%改善されることが報告され ているが、この場合にも食餌中のフィチン酸量は0.3%以上も含有されている。さらに、成長阻害や摂取量低下などの害作用は、 数%もの量の食餌フィチン酸によってはじめて認められる。
(引用元 同上)
いくらカラダに対するデメリットがある物質とは言っても、その量が、実際に害を及ぼす程度なのかどうかは大事なポイントです。
こうしてみてくると、一般的な食事をしている場合には、フィチン酸の害はあまり気にする必要はなさそうです。
とはいえ、大豆に含まれるミネラル類を効率的に摂取したいとなれば、フィチン酸をやはりできるだけ減らす方が良いですよね。
どうしたらフィチン酸を少なくすることができるかについても、調べてみました。
フィチン酸を除去するには?
発酵
- 分解には、麹菌が必要。
- 納豆菌だけでは、完全には分解できない。
一般的な糸引き納豆、ひきわり納豆、塩納豆(山形県の郷土食)、大徳寺納豆、浜納豆などで、フィチン酸含有量を測定したデータがありました。
それによると、納豆菌だけで発酵させている糸引き納豆とひきわり納豆に比べて、麹菌を加えて発酵させている他の納豆類の方が、フィチン酸含有量が低くなっています。
水に浸ける?
一般のブログなどで、「水に一晩浸けてその水を捨てれば問題ない」とするものも多数見つけましたが、実際のところどうなのか不明です。
種子の中でフィチン酸塩(フィチン)の状態で存在するとすれば、水に溶けにくいということなので疑問が残るところです。
加熱する?
加熱することでフィチン酸はなくなる、というブログなども多数見つけました。
以下は、穀類についての実験結果の報告で、大豆については扱っていません。
フィチン酸は玄米,モチキビ,モチムギで減少したが、他品目では変化がなかった。機能性は、品日(品目?)で掲精(辞書を引いても出てきません。読み方、意味不明)および加熱処理により異なる変化を示すことが明らかになった。
愛媛県農林水産研究所報告「掲精および加熱が雑穀の機能性に及ぼす影響」2010
大豆を加熱することでフィチン酸が消失するのかどうかについては、論文レベルの文献を見つけることはできませんでした。
ただ、上記をみると、加熱さえすればフィチン酸が消失するというわけでもなさそうです。
発芽させる
次世代にリンや他の重要なミネラル類を受け渡す役割を終えたフィチン酸は、発芽とともに次第に消失するとのことです。
種子の発芽に際してフィチン酸が次第に消失していく。
参照 J-STAGE「資料 フィチン酸について」
インドや中国では、豆を発芽させてから食べることが広く行われています。
市場などを歩くと、発芽豆が売られているのもよくみる光景です。
豆の発芽のさせ方については、旧ブログに書いていますので、ご興味のある方はご覧ください。
サカイ優佳子の旧ブログ「豆を発芽させてから炒めると5分で火が通ります」
結論
通常の食べ方をしている限り、フィチン酸については特に気にする必要がないのではないかと私は感じました。
より効率的に大豆のミネラルを摂取するには、麹で発酵させたもの、あるいは発芽させたものを食べるのが良いということになりそうです。
豆を発芽させて食べるのは、楽しいし美味しいので、ぜひトライしてみていただきたいと思います。
3 大豆はタンパク質の消化に良くない?〜トリプシンインヒビターの効能と害
トリプシンインヒビターとは?
まずは、トリプシンとは何かから始めますね。
消化酵素の一。膵臓(すいぞう)から分泌され、腸内で活性化され、たんぱく質を加水分解してペプトンやポリペプチドにする。
コトバンク デジタル大辞泉「トリプシン」
そんなトリプシンの働きを阻害する物質(インヒビター)のことを、トリプシンインヒビターと呼びます。
つまり、トリプシンインヒビターがあると、タンパク質がきちんと消化されないことになるわけですね。
ただ、悪者とも見えるトリプシンインヒビターに、制ガン作用があるという研究もあるそうです。
(不二たん白質研究振興財団「豆腐類のトリプシンインヒビター活性の測定」の参考文献参照)
毒にも(というと大袈裟ですが)薬にもなる、ということなのでしょうか。
ただ、やはり大豆をとる理由の一つは、植物性タンパク質を摂りたいからですよね。
となれば、トリプシンインヒビターが働かない方がより良いということになります。
トリプシンインヒビターは加熱で大幅に失活
丸のままの焙煎で失活
粉砕せずに丸のまま焙煎した大豆は加熱処理によって、TI(トリプシンインヒビター)活性値が20分の1に減少した。しかし、粉砕後に焙煎した大豆では、TI活性値は2~3割減少するだけであり、両者に大きな差異があることが認められた。
J-STAGE 日本食品化学工学会誌「大豆粉の培煎によるトリプシンインヒビターの失活並びにタンパク質の不溶化」 盛永宏太郎
この論文では、丸のままの大豆を煎ることでトリプシンインヒビターの活性値が大幅に減少し、タンパク質分解をほとんど阻害しないと結論づけています。
となれば、気になるのは、きなこですよね。
農水省のホームページによれば、きなこは「大豆を煎(い)って粉砕(ふんさい)したもの」とあります。
いくつかのきなこメーカーのホームページを見ても、大豆を煎ってから粉砕しています。
つまり丸のまま煎っているので、トリプシンインヒビターはちゃんと失活しているということになります。
ただ、大豆粉については、注意が必要です。
きなことは違って、生のままの大豆を粉末にしているのが大豆粉です。
加熱調理が必要ということになります。
何度で失活するのか?
ところで、ここで一つ疑問が湧きます。
低温で短時間の加熱しかしない豆腐や豆乳には、どのくらい残存しているのでしょうか?
トリプシンインヒビターが失活する温度についての考察を、「豆腐類のトリプシンインヒビター活性の測定」(大豆たん白質研究会会誌)という論文の中に見つけました。
- 加熱によってトリプシンインヒビターを100%失活させるのは難しい
- 動物実験では、トリプシンインヒビターが活性状態でも特に障害はなく、制ガン効果がみられる
- 75〜100度での短時間の加熱で作られるため、豆腐や豆乳にはトリプシンインヒビターが残っている可能性が高い
- 日本人は長年にわたってトリプシンインヒビターを摂取していることになり、その摂取にはなんら健康上の問題はないのではないか?
- 国産大豆は、米国産大豆に比べてトリプシンインヒビターの含有量がかなり少ない
という興味深い内容になっています。
豆腐の製法によるトリプシンインヒビターの残存率について、以下のようなデータを提示しています。
木綿豆腐、ゆし豆腐、絹ごし豆腐、充填豆腐について、それぞれ、2.3%、3.0%、4.4%、5.6%。
そして、この差は、凝固物(豆腐)と液に分離されたあと、その液を使っているかどうかによって出るものであろうとしています。
実は上記の盛永氏の論文でも、丸大豆の場合「20分の1に減少した」とあり、100%失活しているわけではないことが示されています。
日本人は、長らくトリプシンインヒビターを少量ながら摂取し続けてきているんですね。
結論
丸大豆を生で加熱せずにそのまま食べる人は、おそらくいないと思います。
加熱してあれば、トリプシンインヒビターはゼロにはならないものの、大幅に失活します。
そして、私たちは長年にわたって日常的にトリプシンインヒビターを摂取してきているであろうことも考えると、大豆粉をきなこと間違えてそのまま食べるなどをしなければ、問題はないと考えられます。
4 大豆は甲状腺機能を低下させる?〜ゴイトロゲンの効能と害
ゴイトロゲンとは?
栄養・生化学辞典によれば、甲状腺腫誘発物質のことをいい、単独の物質の名前ではありません。
甲状腺を腫れさせ、その機能を低下させる働きをします。
大豆に含まれるゴイトロゲンは危険なのか?
甲状腺の治療で有名な東京の伊藤病院のホームページには、以下のように書かれています。
アブラナ科の野菜や大豆製品を多くとると甲状腺腫の増大や甲状腺機能に影響が出ると言われていますが、実際にはかなりの大量を毎日継続的に摂食するようなことがなければ、問題ありません。
伊藤病院HP「甲状腺の病気について 橋本病」
また、大阪の甲状腺専門クリニック 長崎甲状腺クリニックのサイトでは、ゴイトロゲンによる甲状腺機能低下の臨床報告は皆無であると言い切っています。
ゴイトロゲンが、人間の甲状腺を腫れさせたり、甲状腺機能低下症をおこしたりと言う臨床報告は存在しません(動物実験のみの話です)。長年、日本甲状腺学会に出席していますが、そのような報告は1例もありません。
長崎甲状腺クリニック ブログ「大豆で甲状腺機能低下症になるは大うそ(大豆と甲状腺)」
ただ、以下の2つのケースについてだけは、大豆などに含まれるゴイトロゲンをとるのがよくないとしています。
- 甲状腺ホルモン剤、チラーヂンSを飲んでいる甲状腺機能低下症の人
- 大豆アレルギーのある甲状腺機能亢進症/バセドウ病の人
豆乳・豆腐・納豆・大豆製品は、最も強力に甲状腺ホルモン剤、チラーヂンSの腸からの吸収を妨げます(最大40%)。
甲状腺機能低下症で、チラーヂンSを飲んでいる人が、大豆製品を食べ出せば(特に、大豆製品を食べた直後にチラーヂンSを飲めば)、血液中の甲状腺ホルモン濃度が下がり(ます)。
大豆アレルギーがあるのに、大豆製品を好んで食べる甲状腺機能亢進症/バセドウ病の人は、抗甲状腺薬(メルカゾール、プロパジール、チウラジール)の効きが悪く、再発を繰り返します。
(引用元 同上)
結論
専門医が口を揃えて問題ないとしています。
大豆に含まれるゴイトロゲンは、甲状腺の病気をもつ人たちの中の2つの例外を除いては、通常の食べ方をしていれば甲状腺の機能低下を引き起こすとは考えにくいとして良いのではないかと思います。
まとめ
大豆に含まれる「体に悪い」とされる3つの成分、フィチン酸、トリプシンインヒビター、そしてゴイトロゲンについて、本当に体に悪いのかを調べてみました。
どれも、特別に気をつけなくても普通に食べている分には、健康に悪いということはないと考えていいと思います。
まだまだ調べ切れているとは言えませんが、少し時間をかけて資料を集めると、その全体像が見えてくるように思います。
ネットやメディアにはさまざまな情報が飛び交いますが、疑問を持ったら信頼できる情報源を探して調べてみることの大切さを改めて感じています。
これも質問をくださったメルマガ読者さんのおかげ!
とても良い勉強になりました!
ありがとうございました。
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